「心配しても、何も変わらない」と思えるまで。働かない息子たちとの7年間で、50代HSPの母が手放したもの

次男が専門学校を辞めたいと泣きながら訴えてきた日から、7年が経ちました。

彼はまだ働いていません。長男も27歳で仕事を辞め、今は求職中。

でも今、私の心は以前よりずっと穏やかなんです。

「心配しても、状況は変わらない」

「今まで心配してきたことは、ほとんど起こらなかった」

そう思えるようになったから。

これは諦めとはちがいます。息子たちを見守りながら、自分自身の不安と向き合い、手放すことを選んだ母の記録です。

みさっぺ

\この記事を書いた人/ 山原みさえ

  • 私設図書館の事務局
  • 昼寝と漫画とちいかわが好き
  • HSP気質のDTPオペレーター
  • 詳しいプロフィールは こちら

「泣きたいのは、こっちだった」専門学校事件

次男は高校を卒業して、専門学校への入学が決まっていました。入学金も授業料も払った後に、彼は泣きながら言ったんです。

「専門学校へ行きたくない」

最初から「辞めたい」と言っていました。入学すること自体を。

私が思ったのは「泣きたいのはこっちだ」でした。

とりあえず1年間休学の措置を取ったけれど、結局彼が戻ることはありませんでした。

正直にいうと、専門学校を決める過程で私は動きすぎていました。息子が本当に行きたいと思っていると信じていたけれど、彼が動かないから心配で。だから私が先回りしてしまった。

結果的に、息子は「嫌だ」と言えない状況になっていたのかもしれない。

夫からは前々から「お前の考え方は両極端だ」と言われていて。やっとわかった気がしました。

「私は息子の話を聞く前に、協力という名の下に、全部決めちゃってたんだ」

今思えば、まず話を聞いて、それから協力する形にすればよかった。本当に。

「生きてるだけで丸儲け」という境地

次男のメンタルが心配で、心療内科に連れて行きました。

同時に、私の頭には最悪のシナリオがよぎっていたんです。直接の知り合いではないけれど、自死の話を聞いた直後だったから。

そこまで苦しい状態を見るのは、自分には耐えられない。

そう思った瞬間、ふっと肩の力が抜けました。

「人生、休む時期があってもいいのかもしれない」
「生きてるだけで丸儲けだ」

それが、私の心配を手放す第一歩でした。

自分も「全般性不安障害」だと気づいた

次男のことを調べているうちに、「全般性不安障害」という言葉に出会いました。

説明を読んで、ハッとしました。

「これ、私だ」

心療内科に行くのに勇気が必要だったわけじゃありません。むしろ、ほっとしました。「自分だけじゃないんだ」「名前があるんだ」って。

それがきっかけで、私も心療内科に通い始め、薬を飲んで、カウンセリングを受けるようになりました。

薬とカウンセリングで変わった「考え方」

薬が効いているんだと思います。飲まないと不安な気分になって、落ち込んでしまうこともあるから。

でも一番大きいのは、考え方が変わったこと。

以前の私:
心配ごとがあると、ずっと頭の中に残っていて他のことに手がつかなかった。

今の私:
心配はもちろんする。でも「心配しても状況は変わらない」「今まで心配してきたことは、ほとんど何も起こらなかった」と思えるようになった。

この変化はとても大きいです。

「ほんのちょっと」の前進を見つける目

次男はずっと「自動車学校、行かなきゃな」と言っていました。

最近、彼は「自動車学校のこと、考える」という言い方をしたんです。

「行かなきゃ」から「考える」へ。

たったそれだけの変化。まだ行ってもいない。

でも、私にはわかりました。彼が、ほんの少しだけ「自分ごと」として捉え始めたんだって。

HSPだからかもしれません。こういう小さな言葉の変化に、敏感に気づけるんです。

専門学校を辞めたことは、悪いことじゃなかった

長男が仕事を辞めたときに、家族4人で話し合う機会ができました。

普段、そんな機会はほとんどありません。

次男が専門学校を辞めたこと、働いていないこと、長男の転職のこと。全部つながって、家族で向き合えた。

だから、悪いことじゃなかったと、今は思えます。

長男のこと

長男は27歳で仕事を辞めました。父親は「もったいない」と言っていたけれど、私は違う。

今の時代、転職なんて珍しくもない。まだ先が長いんです。定年まで我慢して働くには長すぎる。自分のやりたいことをやった方がいい。

親が口を出すことでもないな、とも思います。

今は仕事を探している最中。働くつもりはあるみたいだから、見守っています。

最後に

7年経っても、次男の状況はそんなに変わっていません。

でも、ほんのちょっとだけ前には進んでいる気がする。

もしあなたが、働かない子どもを心配しているなら。

もしあなたが、HSPで不安が強すぎて苦しいなら。

私が伝えたいのは、「心配を手放す」ことは「諦める」ことじゃないということ。

それは、自分自身の心を守りながら、息子たちを信じて見守る選択なんだと、今は思っています。

 

心配は尽きません。でも、心配しても何も変わらないことも知っています。

だから今日も、ただ見守る。息子たちが生きていること、それだけで十分だと思いながら。

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